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化粧と光について2―化粧の歴史(平安時代)

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平安時代、遣唐使の廃止により中国の模倣ではない、日本独自の習慣や風習が生まれた。そして貴族の宮廷での暮らしの環境や美意識が日本独特の化粧文化を生み出した。

平安時代の美人の代名詞は「白い肌」であり、宮廷女性は白粉を塗って顔を白く化粧していた。白粉は高価だったため白粉化粧をすることが高い地位の象徴でもあった。

白い顔が美人の条件となった理由の一つに暮らしの光環境が上げられる。当時平安貴族の住んでいた寝殿造りでは、昼でもうす暗い室内だったため白粉を塗って暗い中でも肌が美しく見えるようにしたとも言われている。また、大陸からの影響で白い肌は美人の条件という認識も広く浸透していた。

その顔の白さを引き立てるための漆黒の垂らした黒髪や、色鮮やかな絹の衣装を何枚も重ねた十二単衣が当時のファッションであった。

眉は額に描いていた。眉は感情が強く表れるところだが、額に描けば感情に関係なく動かないため穏やかで高貴な雰囲気になるという美意識があったとされる。お歯黒は虫歯予防に使われていたともされており、上流階級では女性が十歳になると成人の印となる通過儀礼として定着していった。この頃頬につける赤い粉の頬紅が登場した。

この黒(お歯黒)白(白粉)赤(紅)が基本となった化粧は江戸時代まで続き浸透していく。
そして白い肌=美人という認識は、その後の日本人の共通認識となっていく。

 

photo by Tsukioka Yoshitoshi

 

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