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化粧と光について3―化粧の歴史(江戸時代①)

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江戸時代では、武家階級の女性は身分を示す白粉化粧を必ずしなければいけない決まりであった。一般の庶民には決まりはなく、化粧は自由に自分を表現するものとなっていった。厚化粧を卑しみ、普段は素顔で、晴れの日には薄化粧をする程度だったという。

白粉を塗っては紙で吸い取ることを繰り返すと肌の表面に細かい粒子だけが残り、白粉の薄いベールができる。すると光が白粉と肌の両方で反射し、自然な輝きである艶が顔に生まれる。こうして江戸時代の女性は、手間のかかる方法で、素肌を生かした艶のある自然な輝きの肌を作り上げていたのだ。(「都風俗化粧伝」*による)

また、当時の人は季節やシーンに応じて化粧法を変えることを考え出していた。化粧読本「容顔美艶考」*にお花見をする際の特別な化粧法について指南した文がある。

――日光の下では厚化粧は、粉がふいたようになって顔の光沢がなく、下品にみえる。かといって薄化粧では、日光や花の元で、顔の色が赤黒く見えるので、中化粧(ちゅうげしょう)がよい。――

江戸時代お花見は、女性達にとっては大切な出会いの場だったという。戸外の自然の光の下、桜の花の美しさに負けないように美しい顔に見せるためにはどういう化粧が良いのか、女性の関心は高かったことが伺える。

また、夏メークなるものもあった。

――洗顔後はよく顔を冷やして、その上に薄く白粉(おしろい)を塗る。 さらに余った白粉を首へ塗り、耳の前後は素肌のままがコツ。 濡れ手拭でそっと押えるのもいい。――

とある。汗による化粧崩れを防止し、通常は首、耳にも白粉を塗っていた化粧を夏には耳にはあえて塗らず、首も薄く塗って素肌感を残して涼し気に見せるように勧めていた。

江戸時代の女性が季節やシーンに応じた化粧法を編み出していたことは、日本人女性が自然や光を意識して化粧に細やかな心配りをしていたことを感じさせる。

 

*「都風俗化粧伝」「容顔美艶考」―江戸時代の美容指南書。

photo by 江戸ガイド

 

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