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富士の山開き

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古来より登山は宗教的な行事であり、霊山などでは通常一般の登拝が禁じられていた。これを夏季の一定期間だけ入山許可することを山開きといい、開山の祭りを行って山の神をまつり、登山の安全を祈ったのである。厳しい信仰上のルールがなくなった今でも、登山者の安全確保を考慮して夏の一定期間のみ山開きが行われている。

平安初期、富士は遠くから山を拝む「遥拝(ようはい)」が主流だったが、後期には実際に山に登る「登拝(とうはい)」へと変化し、現在も人々に根付く富士信仰を形成していった。富士が持つ神聖な空気は、今も昔も変わっていない。山開きが行われ、これまで外から眺めていた富士にやっと足を踏み入れる。冬はその大部分が雪に覆われていた富士も、夏は緑が私たちの頭上を覆う。足元を揺れる木漏れ日や肌を撫でていく風は、ここに足を踏み入れた者だけが知っている。時折太陽のスポットライトが、これまで気づかなかった様々なものの質感を明らかにする。木の幹のざらざらした表皮、土に映えるしなやかな緑の葉、やわらかな苔・・・。

さらに登ると、世界が変わる。うっそうとした緑は眼下に遠ざかり、視界がひらけた道を辿ることになる。日が落ちて、夜になる――-静かで暗い山の上ではいつもより光に対する感覚が研ぎ澄まされる。周りにさえぎるもののない富士で、月と星はいつもよりシャープに明るくその存在を主張する。その下を、登山者のヘッドライトが作り出す光の道が伸びる。自然の光と人工の光の融合が作り出す景色は、不思議と神聖な空気をそこに宿している。

そして、山頂で迎える富士の御来光。この世界で最も力強い光を、そこに見ることができる。この季節しか見られない光が、山にはあふれている。

 

photo by Andreas Eldh