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文様と光 (5) – 近代建築

日本の文様が近代建築に取り入れられて高い評価を得た例として、東京虎ノ門の旧ホテルオークラ本館が挙げられる。

ホテルオークラ本館は、改修のために2015年に解体され、2019年に営業を再開する。解体が決まった際には、国内外から多くの解体反対の要望や解体を惜しむ声が寄せられ、日本の伝統美を体現したホテルオークラの素晴らしさを改めて認識することとなった。今回は解体前のホテルの伝統的文様について見てみる。

――モダニズム建築の傑作と言われたホテルオークラ本館は1962年に開業し、設計は谷口吉郎、施工は大成建設。施主である大倉喜七郎は、最高峰の建築、工芸を集約して「世界に誇る日本の美」を表現しようとした。館内至るところに、和のデザインによる意匠が施されており、特に亀甲、麻の実、銀杏、菱などの文様が様々なバリエーションであしらわれている。文様それぞれに「長寿」「吉祥」などの思いが込められている。

外壁はなまこ壁となっており、菱文様や鱗文様、麻の葉の文様で飾っている。この外壁は刻々と変化する外光によって少しずつその色彩、表情を変えて豊かな表情を見せる。

ホテルロビーはやわらかな光で満たされたくつろげる空間となっている。上部に麻の葉文様の組子、下部には雪見障子が施された窓からは外光をやさしい光にして取り入れている。高い天井には「オークラランタン」と呼ばれる古墳時代の切子玉形の照明、壁には四弁家紋の西陣織物、床には梅の花に見立てた輪島塗の机と椅子が配されており、様々なモチーフが用いられているにもかかわらず、統一されて落ち着いた雰囲気がロビーに漂う。

館内には他にも間接照明に亀甲紋をあしらったり、壁に菱紋の格子装飾を付けたり、板壁に銀杏葉と菱紋の型を表した焼き印を施したりと多くの和文様がちりばめられており、雅で心地良い空間が広がっている。――

以上が在りし日のホテルオークラ本館であり、文様を基にした日本の伝統的デザインに満たされた空間は貴重なものであった。ホテルオークラは、これらの優れたデザインを継承して旧本館に息づいていた日本の伝統美を新館で再現する予定であるという。

古くから日本人の持つ美意識に語りかげる文様による意匠は、伝統を踏まえたうえで新しい要素を加えたり、改良されたりしながら、日本人だけではなく、海外の人達にも喜ばれる美しいデザインとしてこれからも受け継がれていくことだろう。

 

photo by Ken OHYAMA